
雑文 月光堂
2010/08/20/Fri
07 浜日傘
駅前の舗道で、
油蝉が仰向けでころがっていた。
6本の脚をモゾモゾさせている。
もう飛ぶ力も失せてしまったのだろう。
学生たちが夏休みに入ってしまうと、
この町の風景はまったく別のものになる。
大学以外は名所、旧跡があるわけでもなく、
デパートや映画館もないので、
人がたくさん集まる装置はもともとない。
快速が止まらない小さい駅は、
夏の間、さらにひっそり閑とした感じになる。
この町は昭和30年代まで、
夏には海水浴客で賑わう海辺の町だった。
私鉄はリゾート線として開設されたもので、
沿線は別荘地として売り出された。
うちの店から南に少し歩くと、
新建材の新しい家にまじって、
木造の瀟洒な家が残っている町並みになる。
それが当時の別荘の名残り。
クルマの往来が激しい国道がかつての波打ち際で、
その向こうは東京湾の海だった。
今や、遠浅だった海は何キロか沖まで埋め立てられ、
そこにマンションや団地が建てられ、
海岸線をJRの電車が走り、
東京の一大ベッドタウンとなっている。
●
「これはパンクじゃないですねぇ」。
大通りの自転車店さんのテンチョーは言った。
東高校の前のお店が本店で、この大通りの店は支店である。
先だって、近くに買物に行こうと
ペダルを漕ぎ出すと、ゴツンゴツンとお尻に振動がくる。
降りて見てみると、後輪はぺったんこ。
すぐに、引きずって自転車店まで持っていったのだった。
「熱でタイヤが完全にいかれちゃってますねぇ」とテンチョー。
「日中店の前に置きっぱなしですから...」
このところの尋常ではない暑さ、
我が愛車が熱中症になったのも無理はない。
タイヤを交換することになった。
後輪だけ別のものというわけにはいかず、
前輪も換えることになった。
この自転車は2年ほど前に購入した。
生活の足としての実用性と
店の前に置いてディスプレイにもなるものを、
というオーダーにテンチョーが答えてくれたものだ。
ミニベロといわれる小さめのタイヤのスポーツタイプで、
頑張ればそれなりにスピードも出る。
当初はカゴをつけて、
ワゴン風にして本でも乗せてと考えていた。
後日後。
テンチョーが額に汗を滲ませながら、
愛車を持ってきてくれた。
「こんなんでどうでしょうか?」
ボディカラーに合わせ、
前後輪とも白いタイヤに穿きかえられている。
この際、泥よけもとってもらった。
男っぷりが数段アップしていた。
足ならしに、早速海を目指して、漕ぎだした。
昼までまだ時間はあるが、
もう30度は越えていることだろう。
少し走っただけなのに、
ポロシャツの背中はビッショリ
無風だけど、風をつくりながら、走るのは爽快だ。
JRの高架をくぐると静かな住宅街になる。
そして、少しいくと京成千葉線の「西登戸駅」。
かつては、駅名もズバリ「千葉海岸駅」だった。
1922年(大正11年)開業のこの駅は、
昭和30年代までは完全なリゾート駅。
今は昔、駅前には雑誌も売っている履物屋、
蕎麦屋、八百屋など、個人商店が4、5軒あるだけ、
とってもゆるやかな空気が流れている。
駅前に自転車を止めて、
ここからは真夏のデイドリーム。
昭和30年代の夏を夢想してみた。
電車が着くたび、
どっと改札口から出てくる海水浴客。
東京から電車で小一時間、
海水浴は恰好な夏の日帰りレジャー。
海までの道には、
朝から日が暮れるまで、
海水浴客で途絶えることはない。
カラフルな浮き輪、貝やほおずき、
浅利を採る熊手などを売る店が並んでいて、
お店の人たちの活気ある声がこだまししている。
ひとつ小道に入れば、
道端には干からびた小魚のついた網、
垣根には海苔を敷いた簾、
ふんどし一つの逞しい漁師が行き来している。
夏の大気の中、潮の香りがぷーんと鼻をつく。
松林の間を縫って急な坂を下りていく。
途中の崖の上から眺めると、
国道には観光バスや乗用車が走っている。
その向こうには海がきらきらと光っている。
遠浅の海には、泳いだり、ボート遊びを
楽しんでいる人たちが豆粒のように見える。
浜に降りると、「海の家」が並んでいる。
浜日傘の中には、ワンピースの婦人。
波打ち際で遊んでいる子どもたちを
眩しそうに見守っている。
そして、また現実。
自転車で坂道を下って海へいく。
神社の前を下りて国道に出る。
千葉市街に向かってカーブする国道14号線と、
16号線と分岐する交差点を海の方へとさらに走っていく。
聳え立つマンションと企業ビルの間に、そのバス停があった。
「登戸海岸渚跡」
昔、千葉には海があった。
時代の趨勢で仕方がないことかもしれないけど、
今も海が残っていたら、
わたしたちの夏はどんなものになっていただろう。
●
お盆休みが終わって数日経った午後。
カメラボーイちむちゃんが、
土産の「くるみゆべし」を持って来てくれた。
大学のカメラサークルの合宿で、
那須に行ってきたという。
続いて、山木君とジョッキーもやってきた。
それぞれが所属する会社で出している会員誌の
ミーティングの流れのようだ。
ちむちゃんは、地元大学の3年生。
おじいちゃんからのカメラ好きの血を受け継ぎ、
アラーキーの道にならってこの大学に入学した。
「山っ子なんですよ」
ちむちゃんは、海のない群馬県出身。
海といったら新潟か茨城の海という。
以前、いつもの昼下がりのバカ話で
盛り上がったことがあった。
この町を夏のある日、
「湘南の海辺の町にしよう」というもの。
町を歩く人は、水着とか、アロハとか。
当店は、サーフショップ風となり、
店の前にはサーフボードを置いていたり。
相変わらずのバカっぷりだが、
この町の海の記憶をとどめるイベントとしては、
それなりの意味はあるのかもしれない。(ないか)
この町は自転車を乗るにはいい町だ。
マンガ家吉田戦車が書いたエッセイ「吉田自転車」。
これは町歩きとしての自転車の面白さを
肩肘はらず、笑わせてくれながら、教えてくれるいい本だ。
吉田氏にの「ナイスバイク号」にならって、
愛車に「マルチェロ」と名付けた。
四季おりおり、「マルチェロ」にまたがって、
この町と周辺をのんびりと散歩していきたい。
少年の頃、夏は退屈だった。
宿題も、海も、恋もない夏休みになって、もう久しい。
でも、夏の終わりは、何だか塩辛い気分になることもある。
15のあの夏のように。
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吉田自転車 ●吉田戦車著 ●2002年7月10日 初版発行 ●講談社刊
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